寂しさ
自邸を建築している敷地の西側には、道路と用水路を挟んで田舎らしい何ともいえない長閑な風景が広がる。
その道路や用水路は確か20年ほど前、車一台がようやく通れる砂利道からアスファルトへ、澄んだ水がせせらぐ土側溝からコンクリートへとつくりかえられた。
昔のきれいな想い出ばかりが甦り、そのたび当時の風景をそのまま我が子にも見せてあげたかったとつくづく悔やむ。
近々、浜松市尾野で建築されるご夫婦とそんなことを思い出しながら建築中の自邸を見学していた私は、『この用水路にも昔はホタルがいっぱいで・・・』なんて話しをしながら自分の目を疑った。
その用水路から頭や手らしきものが見えている。
え?人?
恐る恐る近づくと、用水路にすっぽりとはまってしまったおばあちゃんが助けを求めている。
ご夫婦にも協力してもらい慌てておばあちゃんを引き上げた。
どうやらお孫さんの家に行く途中、足を滑らせて転落したらしい。
幸いにして怪我は軽かったが、服はびしょ濡れ。
車で送るから、お孫さんの家に行くのはあきらめて今日は自宅に帰ろうって言ってもおばあちゃんは首を縦に振らない。
10キロはあろうお孫さんの家まで行くといって聞かないのだ。
家出らしい。
息子さん達と住む我が家は居心地が悪いから絶対に戻りたくないって。
だから10数キロも離れたお孫さんの家を、杖を突きながらも目指したらしい。
いいようのない寂しい話しである。
何とか説得して私の親父が自宅に送り届けたのはいいものの・・・。
どんな事情かは知る由もないが、78歳のお年よりが自宅に帰りたくないとは。
世智辛い世の中である。